「頑張らなきゃ」を手放した、その先にあったもの

「こんなに楽でいて、いいのだろうか?」

最近、ふとそんな言葉が心に浮かぶことが増えた。
毎朝、自分の家で心地よく目を覚まし、
隣では犬たちが、まだ夢の中でいびきを立てている。

ベッドの中で私がゆっくりと背伸びをすると、
それにつられるように犬たちも起き出し、
まるでヨガのポーズのように大きく伸びをする。

「60代から人生は好転する」
そんな言葉を耳にしてきたけれど、
今は心から「本当かもしれない」と思える。

かつて私は、
「自分の葬式の朝まで働かなきゃね」
なんて、半分冗談のように口にしていた。
でも今振り返ると、その奥には
焦りや不安、そして
「頑張り続けなければならない」という
強い義務感があったのだと思う。

転機が訪れたのは、
ある「気づき」があったから。
もし、あのまま何も感じないふりをしていたら、
心や体の小さな悲鳴に耳を塞ぎ、
看護師として働き続けていたかもしれない。

でも、気づいた。
そして、手放すことができた。
「頑張らなきゃ」を、そっと下ろすことができた。

「私は、この人生をどう生きたいのか?」

その問いに真正面から向き合ったとき、
無理に力を入れなくていい、
ただ、なるがままに、心地よく生きたい。
そう思える自分が、そこにいた。

今の私は、想像していた以上に恵まれ、
穏やかな日々の中にいる。
これは単なる幸運なのだろうか。

それともあの時、
「頑張る」を手放し、
「自分を生きる」と決めた私への、
人生からの静かなご褒美なのだろうか?


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